仕事の前後にサーフィンを満喫。海が身近にある暮らし

2025.03.21

北海道で生まれ、高校卒業後に豊田市で就職した菅原秀児さん。会社の先輩に誘われたことがきっかけで20歳くらいの時にサーフィンを始め、毎週のように豊田市から田原市の海へ通っていたという。転勤のタイミングで田原市が候補に挙がり、迷わず移住を決意。現在もほぼ毎日海へ通う菅原さんに、田原市での生活とこの地の魅力を聞いた。

迷わず選んだ田原市への転勤

「サーフィンの魅力は、いつまでたっても満足できないところです。もっと良い波に乗りたいし、ずっと海に入っていたいですね」
そう話す菅原さんが豊田市から田原市に移住したのは2004年。転勤が契機となった。 「転勤のときに豊田市周辺か田原市か、という選択肢があり、迷わず田原市を選びました。通い慣れていた場所なので顔見知りが多かったこともあり、不安はありませんでしたし、『これで毎週通わなくてすむな』と嬉しかったです」

田原市に移住してから、ほぼ毎日海に通うようになったという菅原さん。勤務先の自動車工場のシフトや季節に合わせて、サーフィンとともにある暮らしを充実させている。
「夕番の場合は深夜に勤務を終えてから、夏場は朝4時ごろ、冬場は朝6時ごろから2時間ほど海に入ります。昼勤の場合は15時ごろ仕事が終わるので、それから日没まで海へ。朝に海に行ってから出勤するパターンもあります。仕事の前後に気軽に行けるのが嬉しいですね」

早朝からサーフィンをして、仕事や学校へ

そんな菅原さんは3児の父。現在は3人とも独立して市外で暮らしているが、かつては息子や娘と海に行くことも多かったという。特に熱心にサーフィンを教えていた長男の舞人さんは、小学6年生のときに初出場した大会で初優勝を飾った実力者。
「早朝に息子と2人でサーフィンに行き、帰ってシャワーを浴びてから会社や学校に行っていました。今も実家に帰ってきたときは一緒に海に行くことがありますよ」

ちなみに、田原市でのお気に入りは「恋路ヶ浜で食べるモーニング生牡蠣」。

「夏場にフェリー乗り場の近くのサーフポイントに行ったときは、朝に海に入ってから、生牡蠣を食べて帰ってくる、という楽しみもあります」と、ちょっと贅沢なこの土地ならではの朝の過ごし方を教えてくれた。

田原のまちに住んでみてわかる魅力とは

菅原さんのご自宅から海までは車で5分ほど。ご自宅は特徴的なピンクの外壁で、菅原さんご自身のサーフボードやウェットスーツにもピンクの柄が入っている。ピンクの理由を伺うと、奥様の「ももえさん」のお名前が由来、というチャーミングな一面も。

現在は菅原さんのご両親も北海道から田原市に移住し、一緒に暮らしている。このまちの魅力を伺うと、「のんびりしていて、暮らしやすいところですね」と語ってくれた。

「住んでいる場所が古くからある地域なので、今は少なくなったのですが、地域活動や寄り合いがあれば必ず参加しています。地域の方たちがみんな優しくしてくれるので、気軽に飛び込める場所だと思います。住んでみてから、さらに田原市を好きになりましたね」

仕事とレジャーを両立し、海が身近にある暮らしを満喫できる田原市は、サーフィンを愛する人にとって理想の地ともいえるかもしれない。